2009/08/27

歳を重ねて。

若い頃からの知り合いに、

「さすがに、歳をとって、丸くなったね。」

と云われて、はっとした。

この言葉は、今まで善良な事と決めつけていたけれど、
果たして本当にそうなのだろうか?



確かに、十代の頃は何にでも噛み付いていたような気がする。
気を許した極少数の人と、それ以外の人との間には
自分で勝手に自分でしか分からない白線を引き、
その白線に気づかず勝手に踏み込んできた人に対して
最初からナイフで刺してたか、茂みに隠れて消えるのを待った。
未熟で不細工な自分を、金属製の鋭い刺で雲丹みたいに覆い隠し安心してた。
もちろん、未熟で不細工な自分ではそんな刺は扱い切れるはずも無く、怪我ばかりしてた。

でも、その刺は鋭いだけあって、何にも敏感に反応してたと思う。
大切な人の憂鬱、
雨が降り始めに道路につくる模様、
ある日突然現れる空き地、
同じ時間にすれ違う人の表情、
毎日変わる季節のにおい、
蕾をつけた街路樹、
ただ一緒に居るだけで解けていく心、
同じ方向に何も見ず歩いていく人の流れ、
お味噌汁の浅利の柄、
同じ場所から違う景色を見ている人、
認めて欲しくて歪んだ思い、
いつも愛想のないハスキー犬の氷色の目、
馬鹿みたいに笑いながら馬鹿な私の体を触る大人、
行った事の無い国の言葉、
ぽつぽつと話すあの人の声、
教室で見た事のない表情を見せる名前の分からないクラスメイト。

毎日、毎時間、毎分、毎秒、新しい物を感じて心揺れていた。


「さすがに、歳をとって、丸くなったね。」

これは、過ごしてきた時間や接触した人との摩擦ですり減って
言葉のとおりに刺が丸くなっただけなのでは?
それで、感度が悪くなっただけなんじゃ?

「さすがに、歳をとって、(刺が)丸くなったね。」

「さすがに、歳をとって、(刺が)丸くなったね。
(だから、感受性が減ったね。)」

「さすがに、歳をとって、(刺が)丸くなったね。
(だから、感受性が減ったね。)
(だから、反応が鈍くなったね。)」

「さすがに、歳をとって、(刺が)丸くなったね。
(だから、感受性が減ったね。)
(だから、反応が鈍くなったね。)
(だから、これからどんどん何にも感じなくなっていくんだよ。)」

って、事なのではないかな。。。
これが、一概に悪い事だとは思わない。
でも、私は受け入れたくない事。
なので、自分には良い事ではない。はず。
(周りには有り難いことなのかもしれないけどね。)

自分では気づかないうちに、
随分すり減って丸くなってしまった私の刺。
もとに戻るはずなんてないんだけれど、
見てみぬふりはしないつもり。

頑張れば、鋭い刺が生えてくるかもしれないしね。

すり減った刺とともに、消えちゃったけど
「今、私には何が出来るのか。」
ではなく、もう一度
「強く思えば、私は何でも出来る。」
を信じれるようなお馬鹿さんなりたい。

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